どうも!いそやんです。
今回は漫画『東京喰種トーキョーグール』を取り上げます!
2018年には完結している本作ですが、流行に興味がない私はつい先日読み終え、みんながハマる理由を実感するのでした…。
内容が面白いってのもありますが、こんなにも「生きる」ことについて考えさせられる漫画は他にないような気がします。
この漫画を読んで何を考えたのか。
当作品を読んでる人も読んでない人も、一度向き合うべき事柄なのではないかなと思います。
それでは行ってみましょーう!
※この記事にはプロモーションも含みます。
東京喰種トーキョーグールとは
東京喰種トーキョーグールについて知りたい方は、下記公式サイトと概要をご覧あれ。
こちらにも概要を引用しておきます。
人間の死肉を喰らう怪人“喰種”が潜む街――東京。大学生のカネキは、ある事故がきっかけで“喰種”の内臓を移植され、半“喰種”となる。 人を喰らわば生きていけない、だが喰べたくはない。人間と“喰種”の狭間で、もがき苦しむカネキ。どちらの世界にも「居場所」が無い、そんな彼を受け入れたのは“喰種”芳村が経営する喫茶店「あんていく」だった。そしてカネキは自らが“喰種”と人間、ふたつの世界に「居場所」を持てる唯一人の存在であると知る。互いが歪めた世界を正すため、カネキは“喰種”と人間の想いが交錯する迷宮へと立ち入るが…。 ――僕は“喰種”だ――全てを守れる「強さ」を欲したカネキが取った究極の選択は、自らの人間的な部分を葬り“喰種”として生きることだった。走り出してしまった決意。暴走する優しさ。「強さ」の果てに、カネキが見たものとは…?引用:TVアニメ『東京喰種トーキョーグール』公式サイトhttps://www.marv.jp/special/tokyoghoul/first/story.html#jump_intro |
めっちゃかいつまんで説明すると、
- 元人間だったカネキがとある事故に巻き込まれた結果、人間を食う「グール」へと変わってしまう
- そんな半グール的存在は他におらず最初は孤立してしまうが、グールの中にも多様性を受け入れてくれるような場所が存在し、そこでグールの仲間ができる
- 人間はグールを敵とみなし、殲滅組織「CCG」を設立ししらみつぶしに殲滅していく
- カネキはグール側の気持ちも、人間側の気持ちもわかるため、どちらもが争わずに共存できる道を見出していく
ざっくりこんな感じです。
最後の共存できる道に至るまでの途中経過に色々あるのですが、そこは本編でお楽しみあれ。
東京グールを読んで考えさせられたこと
生きるためには誰かの命をいただかなければいけないという事実
僕たちは普段、何かを食べなければ生きていけません。
しかしそれが「誰かの命」であることは忘れがちです。
例えば、肉。
豚肉、牛肉、鶏肉とスーパーにいけば選び放題で、なんでも手に入れられます。
しかも家で調理しやすいように、細かく切られ加工された状態だったりするわけです。
しかしそれは、誰かが豚や牛や鶏を殺し、適切な処理をしてくれてるからこそなんですよね。
僕たちはそのような工程を自ら行うことも目にすることもなく、食にありつくことができます。
でもやってることはグールと同じ。
豚(人)の肉を食し生きているのです。
東京グールでは、そんなグールを悪とみなす思想が人間の中にあるのですが、先の例を見ればそれだけで良し悪しは決められないはず。
でも生きるためには、何かを食べなければいけないという道徳的に難しい状況に直面しているのです。
この大きな問いに答えがあるわけではありませんが、少なくとも日々何かを食べるときの感謝の気持ちは忘れずにいたいですし、命をいただくからこそ粗末にしてはいけないと思うのです。
共存ではなく共生するには
人間を食べないと生きていけない喰種、それに対抗してグールを殲滅する人間。
もし自分が人間として同じ世界にいたら…そりゃ食われたくはない!(笑)
じゃあそれぞれが全く関与しないで生きていけるかというと…食わなきゃ生きていけないのだから難しい。
奪われる命だってあるし、それに対抗して失われる命もあるでしょう。
結局弱肉強食かよ〜って感じもしますが、強きものが何も考えず食べ尽くしてしまったら、自分が食すものもなくなってしまう。
自己欲求ばかりを満たす行為は己の首を締める行為にもなりうるということですね。
そう考えると共存ではなく共生が大事。
あらゆる物事との共生を実現するためには、バランス感覚が重要なんじゃないかと私は考えてます。
何かに偏りすぎず、かといって自分を抑えすぎるわけではない、己と他者の間をうまく調整して生きていく力。
この感覚を養うためには、自身に対する理解とこの世の理を知ることが重要なんじゃないかなと思います。
一人では生きていけないからこそ「依存」ではなく「自立」が必要
カネキはグールとしてどんどん強くなり、仲間であるみんなを守ろうと一人でグール殲滅組織「CCG」に立ち向かいます。
しかし鮮やかなサクセスストーリーとはほど遠い敗北を喫します。
この呆気なさが逆に斬新で、大抵のヒーローものってもっと奮闘して最後には勝つというのがあるあるなのですが、そのシーンすらないくらいの圧倒的負けっぷりなのです…。
グール仲間からも、一人で背負いすぎるなと制されることが多いのですが、カネキの極度な承認欲求が多分に影響してるようです。
そんなカネキだけでなく、CCGのメンバーの一人も、自分の私利私欲のために個人プレーに走った挙句仲間を失ってしまうというシーンもありました。
個人的にも、一人でも生きていけるようになんとかしなきゃともがいてる時期がありましたが、そう考えれば考えるほど逆にうまく行かないんですよね〜。
たどり着いた結論は、一人じゃ生きていけない、ってことでした。
一方で誰かに頼りすぎる、だったり、自分の意思や考えがないのも問題だと思ってます。
サラリーマンは特にそう。
上のいうことに流され続けてはただ振り回されてばかりでシンプルに苦しいと思うのです。
一人では生きていけないからこそ助け合う。お互いが自立して支え合えるような関係であることが望ましいのではないでしょうか。
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